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2018.07.23

一枚岩に程遠いNATO

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年7月19日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 開催前は混乱すら予想された今年の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議だが、終わってみれば、欧州加盟国は国防費増額を約束し、米国も条約上の防衛義務を再確認した。あのブリュッセルの大騒ぎは一体何だったのか。今回のテーマは必ずしも一枚岩でないNATOの実態である。

 当初からトランプ米大統領はけんか腰だった。ロシアからの天然ガスパイプラインに巨額出資するドイツを「ロシアの囚人」と罵(ののし)り、NATOに「何の価値があるか」と批判した。対するメルケル独首相は「自分はソ連時代の東独を知っている、今やドイツは自由だ」と反論、他の欧州首脳も同調した。ロシアの識者はこのNATO内紛に「ソ連時代から夢見たことを米国が実現してくれた」と喜んだらしい。

 トランプ氏の関心は相変わらず金銭がらみだ。「米国は欧州防衛に多額の支出を行う一方、貿易では巨額の損失を被っている。国防支出の対GDP比率を直ちに2%に引き上げよ」ともツイート。果たして、結果はどうだったか。

 閉幕後の記者会見でトランプ氏は、「NATO諸国の国防費は今後実質増額され、最終的にGDP比2%以上となるだろう」と述べた。欧州各国首脳よりも、米国内の支持者に対する選挙メッセージであることは明白だ。

 一方、トランプ氏も承認したNATO首脳宣言では、「全ての加盟国は防衛費の実質的増額を開始し、加盟国の約3分の2に2024年までに国防費のGDP比2%支出を実現する計画がある」としか述べていない。要するに、最終的にはトランプ氏が欧州国防費の実質増額を勝ち取り、欧州側はNATOの団結を守っただけの痛み分けである。こうした結果を見て、欧米にはNATOの将来を危惧する識者が少なくない。特に、トランプ氏を蛇蝎(だかつ)の如(ごと)く忌み嫌う欧米主要メディアは彼を大西洋同盟と自由な国際秩序の破壊者と批判するのだが、果たしてこれは正しい分析だろうか。

 本稿執筆直前に米国の友人からメールが飛び込んだ。中身は2人の若い保守系論客が「NATOなど西側同盟は必ず生き残る」と書いた小論だった。米欧関係を歴史的に考察する内容は一読に値する。ここは概要のみ紹介しよう。

 ●トランプ氏の欧州批判は異様だが、米欧関係は従来も決して一枚岩ではなかった
 ●両者の関係は10~15年ごとに緊張し、その度に米欧首脳の意見は一致しなかった
 ●最初の例は1956年のスエズ危機であり、米国は英仏の軍事介入を強く批判した
 ●70年代、米国のベトナム戦争を批判する声が欧州各国で燃え上がった
 ●同じ頃、米欧はブラント西独首相の東方政策やニクソン・ショックでも対立した
 ●80年代、レーガン政権の軍拡路線と反核運動の強かった欧州は緊張関係にあった
 ●21世紀に入り、対イラク戦争の是非をめぐり米国と仏独は再び対立した

 何のことはない。NATOの団結、西側の連携などといっても、その実態は決して強固ではなかったのだ。それどころか、以前の米欧対立には戦略的により深刻なケースもあり、当時の危機感は今の比ではなかった...。筆者の若い友人2人の結論は明快だ。

 今の米欧対立は、トランプ氏という類稀(たぐいまれ)なキャラクターにより、過大評価されているのかもしれない。最後に、こうした米欧関係から日本が得るべき教訓について書こう。

 ●類似の宗教、文化、社会的背景を有する米欧と異なり、日米関係は基本的に脆弱(ぜいじゃく)だ
 ●されば、今のNATO内紛のような緊張を日米関係に持ち込む余裕は全くない
 ●米欧関係には、似た者同士だからこそ顕在化する微妙な優越・劣等意識が潜む

 今回欧州は国防費実質増を受け入れた。非欧州諸国には米国をつなぎ留めるため、それ以上の知恵が必要である。

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