本文へスキップ

2018.06.21

米朝交渉の舞台裏-非対称な非核化と安全の保証の取引-

  • 神保 謙
  • 主任研究員
    神保 謙
  • [研究分野]
    外交・安全保障

「破滅的失敗」と「破滅的成功」の間

 「米朝首脳会談は破滅的な失敗(catastrophic failure)か破滅的な成功(catastrophic success)のいずれかとなる」――5月初旬にワシントンDCを訪問した際に、主要なシンクタンクではこのような観測が飛び交っていた。「破滅的な失敗」とは米朝会談が決裂し、米朝間で軍事的な対立と緊張関係がより深刻化することであり、「破滅的な成功」とは米国が合意を重視するあまり、北朝鮮の非核化が達成されないまま、北朝鮮に決定的な譲歩をすることを意味した。米国の多くの識者が内心予期していたのは、米朝が「破滅的な成功」を収め、両首脳が握手をする姿だったのではないか。

 6月12日にシンガポールで開催された米朝首脳会談は、歴史的な邂逅であったことは間違いない。つい半年前まで米朝関係が軍事的緊張を含む対立関係にあったことを考えれば、首脳会談が実現し、そこで展開された数々の場面は、まさに「SF映画の一場面」(金正恩委員長がトランプ大統領との冒頭の握手の後に述べたとされる言葉)のようだった。

 筆者自身は米朝首脳会談の期間中シンガポールに滞在し、現地で展開した首脳会談の実態を感じ取り、交渉に携わった米政府関係者へのヒアリング等を通じて、この会談の意味を読み解くことを試みていた。

 トランプ米大統領と米政府関係者は、シンガポールで「特別区域」に指定され、何重もの検問所が設置されたシャングリラホテルのバレーウイングに宿泊し、ホテル敷地内でも同棟への出入りには厳重な警備が敷かれていた。一方で正面玄関のあるタワーウイングの中二階には日本政府関係者が詰め部屋を設置し、早朝から深夜まで出入り慌ただしく米朝会談の情報収集に余念がなかった。

 米朝首脳会談の準備にあたっていた米朝双方の実務レベル交渉チーム(米側代表:ソン・キム駐フィリピン米大使(元六カ国協議担当特使)、北朝鮮側代表:崔善姫外務次官)は、それまで板門店で6回にわたる事前交渉を実施してきた。この交渉チームは首脳会談の前日にも少なくとも3回、市内のリッツ・カールトンホテルでの協議を進め、最終調整が終わり宿泊先に戻ったのは、会談当日の12日未明のことである。金正恩委員長が前日夜にシンガポール市内各所を上機嫌で視察していた同時刻に、米朝の共同文書の最終的な詰めを行っていたことになる。

 過去数カ月にわたり北朝鮮との実質的交渉を指揮したポンペオ米国務長官は、11日午後にJWマリオットホテルで開催された記者会見で、首脳会談にむけた交渉が順調に進んでいることを示唆した。この会見でポンペオ長官は「朝鮮半島の包括的で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」のみが米政府の受け入れられる結論であると強調した。「朝鮮半島の」と前置きした理由について、北朝鮮の一方的な核放棄ではなく米国側から与えられる「安全の保証」が含まれているからだと説明した。そして北朝鮮に対して「過去とは異なる独自の安全の保証を準備している」とも仄めかした。

 この10日前の6月1日時点では、トランプ大統領は訪米した金英哲党副委員長とホワイトハウスで会見し、その後の記者会見で「米朝会談は成功するだろう」が、「会談で何かに署名することはないだろう」と合意文書の署名に至らない認識を示していた。ポンペオ長官の自信に満ちた発言は、この10日間で米朝の実務者協議に急速な進展があったことを示していた。米朝首脳会談では非核化の定義の共有、米朝によるCVIDの確認、具体的な非核化プロセスの合意、米国による安全の保証の提供、朝鮮戦争の終戦宣言や平和協定の締結交渉の開始など、具体的な合意が発表されるのではないか、と期待が高まったのだ。


米朝共同声明:「曖昧な非核化と安全の保証」の枠組み

 12日午前にセントーサ島のカペラホテルに到着した米トランプ大統領と金正恩委員長は、歴史的な邂逅を果たし、まずは首脳間同士と通訳のみによる「テタテ会合」、主要な高官を交えた拡大会合、交渉当事者などを含めた昼食会へと臨んだ。そして午後1時40分に両国の国旗が並ぶ部屋に再び登場した両首脳は、テーブルに用意された米朝共同声明に互いに署名し、トランプ大統領は両首脳の署名の入った共同文書を自信ありげに掲げた。その文書の内容はテレビ映像から判別することができ、直後から各国報道陣からは「まさかこんなに短い文書なのか」「どこかに付帯文章があるはずだ」とどよめきが起こった。

 果たして米朝共同声明は、わずか1ページ半に満たない拍子抜けするほど淡泊なものだった。合意の核心となる北朝鮮の非核化と米国の安全の保証の関係について、「トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証(security guarantees)を提供する約束をし、金正恩委員長は朝鮮半島の完全な非核化について断固として揺るがない決意を再確認した」という基本的構図を確認し、米朝両国は「相互信頼関係の構築によって朝鮮半島の非核化を進めることができる」と期待を述べるにとどまっている。そして個別項目として、①新しい米朝関係の樹立、②永続的で安定した平和体制の構築、③「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮が朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組むことを約束、④朝鮮戦争時の捕虜・行方不明兵士の遺骨回収・返還をする、ことが確認された。

 米朝での合意事項はこの共同声明で述べられた内容以外にも存在していた。トランプ大統領は署名式後の記者会見において、北朝鮮がミサイルエンジンの試験場を破壊することを共同声明署名後に約束したことを明らかにした。また大きな波紋を広げたのは、トランプ大統領が記者との質疑応答の中で、米国は北朝鮮との交渉中は米韓合同軍事演習を中止すると述べたことである。そしてトランプ大統領はそもそも米韓演習は「大変費用がかかる」ものであり、グアムから飛来する爆撃機も「長い時間がかかり高額だ」と述べ、コスト面から前向きではなかったという思いを率直に吐露した。

 以上の米朝共同声明と米朝会談での合意内容は、「北朝鮮の非核化」と「米国による安全の保証」を大枠で相互に確認したものである。歴史的文脈でとらえれば、米朝両国の首脳による合意と署名がなされた、という点において、過去のいずれの合意よりも重みを持ち、わずか数カ月前まで軍事的緊張状態にあった相互の関係を打開する努力を確認したことの意義は重視すべきである。

 他方で、最大の焦点であった非核化は「完全な非核化」という表現にとどまり「検証可能で不可逆的」を含むCVIDが言及されず、非核化の定義、工程表、スケジュールや実施期限についても全く示されなかった。また北朝鮮の非核化に対するコミットメントについても、これまでの北朝鮮の国内的決定や南北合意等で示された内容を踏み越える意思が示されたとは言えない。さらに「包括的」と謳っていながら、ミサイル、通常戦力や人権問題についての言及もなかった。かつての「米朝枠組み合意」(1994年10月)や「6カ国協議共同声明」(2005年9月)が具体的措置に踏み込んでいたことを鑑みれば、今回の共同声明の具体性のなさは際立っている。

 北朝鮮が米朝首脳会談で戦略的決断を下し、高度で具体的な非核化の措置を引き出すという期待は、少なくとも首脳会談の共同声明では実現しなかった。そればかりか北朝鮮の朝鮮中央通信は「米朝両首脳が、朝鮮半島の非核化を進める過程で『段階別・同時行動』の原則を順守する重要性を共有した」と伝え、米国側が目指していたとされる包括・一括妥結・短期履行方式を事実上否定している。

 北朝鮮は米国が強く要求した「包括的で具体的工程に基づくCVID」を回避し、「段階的・同時的」措置という原則を獲得し、米朝合同軍事演習の中止を約束させ、北朝鮮に対する安全の保証の原則を取り付けた。そしてこのことは、米朝交渉の前に2度も北朝鮮との首脳会談を実施した中国の立場からすれば、従来から主張していた北朝鮮の核・ミサイル実験と米朝演習を同時に中止する「二重凍結」(dual suspension/freeze-to-freeze)路線が事実上実現したことになる。

 そして重要なのは時間である。共同声明では「可能な限り早期にマイク・ポンペオ国務長官と北朝鮮のハイレベル高官が主導する継続交渉の開催にコミットする」と記述されている。しかし、今後の米朝ハイレベル対話で非核化に関する具体的な措置やスケジュールが詰まらなければ、北朝鮮の「事実上の核保有」という状況の打開は叶わず、交渉継続中の米韓演習の中止を含む安全の保証の提供は得られることになる。つまり「二重凍結」こそが、あらたな現状維持として固定化される可能性を帯びているのである。


非対称な非核化と安全の保証の取引

 米国政府は北朝鮮のCVIDに基づく非核化と、工程表や非核化の期限の設定を含む、強い決意をもって米朝首脳会談に臨んだはずであった。また北朝鮮も「北朝鮮に対する軍事的脅威が取り除かれ、北朝鮮の体制の安全が保証された場合、北朝鮮は核兵器を保有する理由はない」(鄭義溶国家安全保障室長が北朝鮮訪問した後の南北合意<2018年3月6日>)と立場表明し、朝鮮労働党中央委員会第7期第3総会での決定、「板門店宣言」での「完全な非核化」の確認を通じて、北朝鮮は「戦略的転換」の過程にあり、これを重視すべきだという見方も多くの専門家から提示されていた。それにもかかわらず、米朝合意が曖昧な内容にとどまった理由は何であろうか。

 米政府で北朝鮮との実務交渉に携わった関係者は「首脳会談での合意はあくまでも大枠を示し、今後の継続的交渉において可能な限り具体的合意の柔軟性を残すことに意味があった」と述べている。また同関係者は、(実務交渉の時間が限られていたことは事実だが)これまでの実務協議を通じて、相当踏み込んだ具体的な非核化の措置を議論し、それに対応する安全の保証のあり方を提示したことを示唆した。首脳間の合意文書の背景には、非核化をめぐる具体的な工程表や時期などが具体的に議論され、共同声明に基づきこれを継続交渉することを位置付けたことこそに、意義があるということである。実際、米朝首脳会談後にポンペオ国務長官と会談した河野太郎外務大臣は出演した報道番組で「米国はミサイルや生物・化学兵器など47項目を(共同声明に記載された)『非核化』という言葉で表している」という認識を示している。

 米朝首脳会談は政治的な見世物であり、トランプ大統領は非核化の具体的合意を目指さず、北朝鮮に対して一方的に妥協した、という見方は必ずしも交渉の全体像を捉えるものではない。米国は短期間で非核化の具体的な段階を提示し、これを早期に北朝鮮と合意することを目指していた。北朝鮮も6月の首脳会談で非核化実現への「行程を示す用意がある」(4月下旬にポンペオ長官が訪朝した際に金正恩委員長が述べたとされる)という姿勢を示したとされる。しかし、実際には米朝首脳会談の段階で詰め切ることはできず、これを米朝ハイレベル協議で「完全かつ速やかに履行」することを確認したということになる。

 北朝鮮が一部の専門家がいうように本当に「戦略的転換」を果たし、非核化の本格的プロセスを開始し、安全の保証の獲得と経済建設を目指す方針なのか、それとも北朝鮮が核兵器を放棄する可能性は一切考えられず、米朝・中朝・南北の枠組みを通じて一時的に緊張を緩和し、最終的に核兵器国として抑止力を確立する方針なのか、現段階で断定的に論じることはできない。また仮に米朝ハイレベル交渉が実質的に進展したとしても、CVIDに基づく厳格な非核化となるのか、より不完全で可逆的な内容となるのかも、予断を許さない。さらにミサイルや通常戦力等を含む包括的内容となるのか、米国の優先事項となる核兵器と大陸間弾道弾(ICBM)を重視した交渉となるのか、これも不確定な要素が多い。

 おそらくこの時点で言えることは、北朝鮮が「戦略的転換」を果たしたとすれば、その転換を交渉を通じて十分に支援し、北朝鮮にとって有益で不可逆的なプロセスとして確立することが重要である。しかし仮に北朝鮮が現段階でも核兵器を手放す意図がないのであれば、早期にその意図を交渉のなかで見極めて確定判断し、米国および関係国のより厳しい「最大限の圧力」へと回帰することが肝要であろう。もっとも避けるべきは、曖昧な合意のもとで交渉を継続させ「事実上の核保有」を既成事実化することである。

 歴史的な米朝首脳会談と共同声明の真価を決めるのは、今後の米朝ハイレベル交渉にかかっている。この交渉での基本的構図は、北朝鮮の非核化の具体化と、米国の安全の保証の提供の均衡を、米朝双方が見いだせるかである。そして米朝交渉の過去25年間の経緯と同様に、「非核化」と「安全の保証」は均衡させるのが難しい非対称な取引である。そして北朝鮮の核・ミサイル開発が相当進捗した状況において、過去に提示された「安全の保証」を改めて示すだけで、この均衡が成立するとはおよそ考え難い。

 一般的に「安全の保証」には①北朝鮮を攻撃する意図の否定(不可侵の意思表明)(eg.「第4回6カ国協議共同声明」など)、②北朝鮮を攻撃する能力の制限(米韓演習の規模縮小・中止・在韓米軍の態勢変更等)、③これら措置の制度化(朝鮮戦争終結、平和協定の締結、関係正常化)などが考えられてきた。さらに先述のとおりポンペオ国務長官は「過去とは異なる独自の安全の保証を準備している」と述べている。ポンペオ長官はたびたび「北朝鮮が非核化すれば、北朝鮮に対する外国からの投資機会が拡大する」と示唆していることから、ユニークな安全の保証とは北朝鮮に対する経済インセンティブである可能性が高い。つまり④(非核化実現後の)北朝鮮への投資・経済協力(北朝鮮の経済建設支援とともに、米朝相互依存の深化と結果としての戦争抑止)を通じて安全の保証の包括性を担保するという方針である。こうした「安全の保証」が非核化との均衡を果たしうるかどうかは、今後の米朝ハイレベル交渉にかかっている。


神保 謙 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

神保 謙 その他コラム・メディア掲載/論文・レポートをもっと見る

外交・安全保障 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

コラム・論文一覧へもどる