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2017.09.06

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第101号(2017年9月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 訪日中の米国の友人と過熱気味のAIブームに関し意見交換する機会を得た。彼は「若くて優秀な専門家を獲得する事、それが最大の頭痛の種だ」と切々と語った。これに対して筆者は次のように応えた次第だ。

 「中国やインド等の優秀な人材を獲得するには、新たな"ペィパー・クリップ作戦"を立案しないとダメだね」、と。"Operation Paperclip"とは第二次世界大戦直後に使用されたcode nameで、米国がドイツ人科学者を獲得・活用した活動だ。この作戦を言い出した理由は2年前に開催されたハーバード大学主催の会合における体験に基づいている--インドの知人が冗談を交えつつ、愛憎相混じったインド人の米国に対する心情を吐露し、"Yankee go home! But take me with you!"と語った。その時、この発言に中華系の友人達が大きくうなずき、その様子に筆者は思わずプッと噴き出した次第だ。

 人材の獲得・育成・活用に関し、国家と企業は、様々な点で互いに異なる形態を採る。国家は"全国民"の生活水準向上を目指し、"全国民の適材適所"を勘案して、能力に従い"全国民"の育成・活用戦略を実施する。翻って企業は、最短期間で効率良く財・サービスを供給することを目指し、"全ての国民"ではなく、国籍にかかわらず、個別企業の活動に適した"少数"の人材を見出し、その厳選された人材の育成・活用に注力する(例えば、チューリング賞受賞者のフレデリック・ブルックス氏の論文("No Silver Bullet," 1986)を参照されたい)。

 これに関連して、MIT Technology Review誌の特集記事--"Tech's 50 Smartest Companies" (7月・8月号)と"35 Innovators under 35"(9月・10月号)--が、日本企業と日本の若人に一切触れていない事に不安を感じているのは筆者だけではあるまい。また8月19~25日に豪州で開催された人工知能国際会議(IJCAI)でも「日本の不在」は明白であった。会議に参加された清水亮氏は「国際AI学会を席巻する中国: 日本は後進国入り寸前」と題し、『日本経済新聞』紙上で警鐘を鳴らしている(電子版、8月31日)。筆者は9月下旬、英国で開催されるAIを"活用"する国際会議に参加するが、「日本の存在感」に関して直接肌で感じてくるつもりだ。そして"デジタル時代の日本版ペィパー・クリップ作戦"を考えてみたい。

 また米国政治を語り合った時、友人の諦めきった顔を見て笑ってしまった。そしてプリンストン大学のアラン・ブラインダー教授が5月の講演で語った"街燈理論(The Lamppost Theory)"を思い出していた。

 教授は「政治家達が経済学を利用する方法は、酔っ払いが街燈を利用する方法と同じである--即ち、道を照らすという本来の目的ではなく、泥酔して千鳥足の酩酊者が、寄りかかるために利用する(Politicians use economics in the same way that a drunk uses lampposts--for support rather than illumination.)」として、政治家達の"目的・手段の不整合性"を指摘している。

 米国の友人は政治の現況に関して一貫した悲観論を語り、「地獄の如き暗黒時代(a dystopic Trumpean dark age)」や「悪徳政治(kakistocracy)」と表現して帰国したが、離日直前の彼に筆者は次のように語った次第だ。

 「問題は①指導者の資質なのか、②選挙民の資質なのか、それとも③指導者と選挙民の両者を巡る政治経済環境なのか。極めて複雑で難解だ。誤解を恐れずに考えを簡単に述べると次の通り。不確実性の中で高成長を望めない経済環境の下、人々の対話--即ち指導者や国民、また専門家やマスコミの間での対話--は、偏った形で増幅し、対処法に関して事実に即した冷静な意見交換が不足している事が原因だ。例えば米国海軍大学校(NWC)のトム・ニコルズ教授は、ウクライナ危機の際(2014年)に実施された或る世論調査を紹介している--ウクライナの場所に関する問いに対して、回答は正確な位置から平均約2,897km離れた場所であったとのこと。しかも対露武力行使を最も熱狂的に支持した回答者の多くが、ラテン・アメリカと豪州の間にウクライナが位置していると考えていたらしい。正確性を度外視し、自らが欲した情報・知識だけを妄信する病理を警告した同教授の著書(The Death of Expertise)も良書だよ(小誌5月号を参照)」、と。

 筆者は米国の友人とは異なり、"慎重ではあるが楽観的(cautiously optimistic)"だ。そして今、スターバックスのハワード・シュルツ氏による寄稿文("Leaders Must Find the Words to Heal America's Wounds," Financial Times, August 31)に勇気づけられている。我々は偏狭で攻撃的な言動に対し、冷静で忍耐強く立ち向かわなくてはならない。

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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第101号(2017年9月)PDF:321.7 KB

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