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2015.05.12

欧州に高まる核戦争の危惧

シリーズコラム『小手川大助通信』

  • 小手川 大助
  • 研究主幹
    小手川 大助
  • [研究分野]
    海外情報・ネットワーク

1.2月11日に、ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの首脳が白ロシアのミンスクに集まり、停戦の合意を行った。この背景には、米国政府や議会の一部が主張していたウクライナ政府への武器供与が、米ロの核戦争へと発展する火種になるのではないかという強い危惧が、後述の通り、欧州首脳にあったのである。

 2月9日にメルケル首相はワシントンに飛んでオバマ大統領と会談した。そして、プーチン大統領との電話で会談することをオバマ大統領に直言し、オバマ大統領はこれに応じて10日にプーチン大統領と電話会談を行った。そしてこれを踏まえて11日にミンスクで会議が開催され、停戦の合意に至ったのである。

 ミンスクの会議で注目すべき点は、会議の構成国が、ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスで、これまで好戦的な姿勢をとり続けてきた、米国と英国が入っていないということである。


2.現在のウクライナの状況について、東西冷戦終了時の駐ソ連米国大使マットロック氏は、2月11日に以下の内容の講演をワシントンのナショナルプレスクラブで行った。
(1)現在、我々はウクライナ問題でロシアと極めて危険な状況にいる。6か月や1年前に、人々が「第2次冷戦」と言ったときに、自分は冷戦というのは世界全体での信条、即ち共産主義との対立であり、ラテンアメリカ、アフリカ、アジア全てにおいて存在したものであり、1国が問題になっている現在は「冷戦」ではないと断言していた。
(2)しかしながら、その後の問題の展開を見るとそうとは言えなくなってきている。米国がウクライナに兵器を供給すべしという議論が行われているのを見ると、いったい何が起こったのかといいたい。
(3)このような議論において、ロシアは地域的な大国に過ぎないという議論があるが、これは、核の問題を全く忘れている。10か所もの個別の目標を設定でき、極めて正確で移動可能な核弾頭を搭載した大陸間弾道弾を有する国のことを「地域大国」ということはできない。
(4)冷戦を終了させる際に、我々が達成した最大のものは核兵器競争に水をかけたことである。これは人類の生存に関係する問題であった。
(5)自分はウクライナの人々を愛している。友人も沢山いる。自分は米国のモスクワ大使で唯一、キエフに出かけた際にウクライナ語で演説を行った人間である。ウクライナの人々、文学、文化もよく知っており、地獄のような冬を過ごしている東ウクライナの人々に心から同情する。
(6)ウクライナは歴史的にロシアの国土の一部であったことを考えると、これ以上の米国の介入は、核兵器競争の再現につながるものと考える。
(7)最近、NATOの東への拡大はないということが、ゴルバチョフ大統領に対して約束されていたのかどうかという点について多くの議論がされている。そのような趣旨の条約は存在しない。しかし、我々が冷戦を終了させるために、1989年、1990年にマルタで交渉した際に、ほとんど全ての西側の指導者はゴルバチョフ大統領に対し、「もしソ連が東ヨーロッパから軍隊を取り除いて、東ヨーロッパを自由にすれば、自分たちはこれを利用することはしない」と口頭で言ってきたのである。
(8)その後、主として国内政治の観点から、東ヨーロッパの国々は当時は存在していなかったが将来に生じるかもしれない脅威からの防御として、NATOに参加し始めた。ロシアの当初の反応はあまりネガティブではなかった。9/11が起こった時に、プーチン大統領はブッシュ大統領を訪ねて協力と支援を申し出た最初の外国の大統領だった。協力と支援は実際に行われ、アフガニスタン侵攻に関する国連の決議にロシアは賛成したし、色々な形での支援をしてくれた。彼は、それに加えて、キューバやベトナムのカムラン湾の基地を撤収した。
(9)これに対し何を西側からプーチンは得たか。米国は我々の兵器コントロールの基本であったABM協定から退出してしまった。更にNATOの拡大を続けただけでなく、基地の設置を議論するようになったし、対弾道ミサイルの設置を議論するようになった。


3.2月初めに、軍縮交渉に長らくに関わったサム・ナン氏、イゴール・イワノフ氏、デス・ブラウン氏は、ミュンヘンで安全保障に関する国際会議開催し、その結果を出版した。これを下敷きに、2月13日にドイツの有力雑誌「シュピーゲル」は「戦争の脅威は冷戦時代よりも高くなっている」という題で、以下の内容の論文を掲載した。
(1)1995年1月25日に、米国とノルウェーの研究者たちが、極北の光の研究のために、4段式ロケットを北西ノルウェーから打ち上げた。しかしながら、このロケットの軌道は米国からモスクワに向けられる、核弾頭を搭載したミニットマン3と同じだった。また、ロケットのスピードと飛行パターンは米国潜水艦が、ロシアの早期警戒措置を盲目にするトライデントミサイルのそれに酷似していた。ロシア軍は最高の警戒体制をとり、エリツィン大統領は核兵器発射キーのスイッチを押すか否かを10分間のうちに決定しなければならない状況に至った。
(2)1995年は米ロの信頼関係のおかげで、エリツィンはミサイルを格納庫の中にしまったままにした。しかしながら、同じようなことが今起こったら、核戦争が勃発するに違いないと、米国の軍事専門家ポストル氏は警告している。
(3)西側とロシアの間には不信感が助長されてきており、2014年11月にはロシアは2016年の米国での核兵器サミットをボイコットすると発表した。そして12月には、25年間で初めて、米国議会はロシア国内の核物質の保護のための財政措置を承認しなかった。その数日後に、ロシアは原子力安全保障に関する殆ど全ての協力関係を停止させた。西側とロシアは約20年の間協力関係を続けてきたが、これは過去のものとなってしまった。
(4)現在、米国もロシアも、核兵器の近代化のために多額の支出をしている。NATOは最近、その核戦略を再考するということを発表した。一方で、東西勢力の危ない接触が、特に空中で増えてきていると、ELN(欧州指導者ネットワーク、デス・ブラウン氏が議長)は報告しており、これらの事件がエスカレートする可能性は極めて高いので、最高レベルでチェックするメカニズムを見つけないといけない、と提案している。そして、サム・ナン氏ほか3者は共同して、重大な事件が発生した場合に信頼できる通信チャンネルを設けておくことが極めて重要である、と提言している。1963年にキューバ危機の後に米ソ間に創設された「赤い電話」が必要であるとNATOのブレッドラブ氏も主張している。2013年2月にNATOとロシア軍の中枢の間に直通ラインが引かれたのであるが、ウクライナ危機のためにこれは切られてしまった。
(5)1月末には、原子力学者の掲示板の「地球最後の日」が3分前にセットされた。3分前にセットされたのは米ソの関係が最も冷え込んだ1983年以来である、との説明が行われている。これ以上に状況が悪かったのは、2分前にセットされた1953年しかないが、その時には、米ソの水爆実験の成功に伴う核物質の影響が危惧されたことと、巨大な軍需施設の近代化に伴う軍拡競争が人類の生存に大きな脅威を与えていた。
(6)ロシアの元外務大臣のイワノフ氏は、「冷戦下で我々は安全保障の仕組みを構築し、数多くの協定や文書が、深刻な軍事的な衝突から我々を守ってくれた。現在、戦争の危険性は冷戦時代よりも高まっている。」と会議で発言している。


4.以上のような点について、筆者は4月中旬の訪米の際に、国務省で安全保障を担当していた元高官の意見を聞いてみた。彼の意見にはいろいろと示唆に富むものが多かったが、紙面の関係でここでは割愛させていただきたい。ただ、彼の考えを明確に、端的に示すものとして、以下の発言を結論として記録にとどめておきたい。
(1)1990年代初め、ロシアが非常に弱っていた時に、西側は欲すればウクライナをNATOに取り込むことができた。しかし西側はそれをしなかった。それは、ロシアにとってのウクライナの戦略的重要性を考慮してのことだった。
(2)当時に比べてロシアの国力は段違いに回復している。そのような時に、90年代初めであっても挑戦しなかったウクライナのNATOへの編入を画策するということは、全く馬鹿げた戦略である。そもそも、ウクライナについて、米国は経済的な利益を有していないし、また協定上ウクライナを守る義務もない。現オバマ政権の方針は全く理解できない。


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